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J組がむしゃらら

日々のジャニーズあれこれ。主にBelieveとその友人、ざっきちゃんとロンさん三人のジャニーズへの思いをつづっていきます。

森田剛主演『ビニールの城』~蜷川幸雄さんがもう一度観たかった森田剛君のたたずまいはやはり剛君だけの特別なものだったこと~

V6 Stage

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Bunkamura『ビニールの城』を観てきました。演出家、蜷川幸雄さんが、V6森田剛君を主演に選んだ作品は一人部屋で腹話術人形と会話をしながら暮らす青年の物語でした。85年の初演から30年の時を経て、時代が変わっていても、孤独な青年とビニール本(雑誌の中の遠い存在)の中のモデルとのファンタジックな関係は今見ても斬新で、新鮮なテーマとして描かれています。自己の世界の中に閉じこもっている青年を強烈な存在感をもって演じているのが森田剛君です。少しネタバレが入るので気を付けてご覧ください。

 

 

 

自分の片割れ、腹話術人形の夕顔を探す旅

物語は無数の腹話術の人形で埋め尽くされた部屋から始まります。青年、朝顔(森田剛)は、相棒である腹話術人形の夕顔を探しにやってきたのでした。あるステージが終わった後、夕顔はどぶ川に落とされたことをきっかけに、自分を捨ててくれと朝顔に頼んだため、朝顔は人形屋に夕顔を預けていたのですが、夕顔は行方不明になっていたからです。八か月かけて夕顔を探したのですが、夕顔は見当たりません。夕顔を探しにやってきた、浅草カミヤ・バーで、朝顔は子供を抱えた女(宮沢りえ)と出会います。女は朝顔のアパートの隣に住んでいて、朝顔と夕顔の会話を聴き、二人に食事をふるまっていた女でした。女は朝顔と夕顔がいなくなってから、朝顔の片割れと暮らしたいという理由で夕ちゃんという名前の男と結婚さえしていたのでした。確かに朝顔は、女の夫、夕一(荒川良々)と話しているうちに、その小気味よい会話の中に、自分の半分であると強烈に感じていくのでした。一方、夕一は妻であるモモと関わっていくために、朝顔の片割れになろうと催眠状態で夕顔そのものになろうしているのでした。モモはビニール本のモデルでした。本の中の存在だったモモは今生身の人間として朝顔の前に現れており、朝顔は生身としてのモモの存在にとまどいます。モモはビニールを通して朝顔と向き合い、ビニールの膜を破壊しようと試みます。

 

中二病全開の森田剛君は想像以上の存在感

まずはなんといってもこの作品の見所は、朝顔を演じる森田剛君だといって良いでしょう。腹話術の人形と深い関係を持ち、自分の世界を閉じてしまう、こういう中二病の青年の役をやらせたらこれほど似合いう俳優はいないでしょう(←もちろん褒めています)。それは周りを寄せ付けない剛君の持つ特有の佇まいのなせるわざなのです。『夜中に犬に起こった奇妙な事件』で演じたアスペルガー症候群の少年の閉じた世界。頑なまでに社会と自己を切り離し、だからこそ、数学との世界の中に喜びと幸せをもって軽やかに生きる姿。今回の朝顔にも社会の向き合うときのおずおずとした弱々しさ、硬さとは対照的に、夕一との会話に遊ぶ朝顔の表情の中に、無上の喜びが舞い上がっています。社会と閉じているのにも関わらず、どうしてはこの人はこんな幸せそうな表情をするのだろうか。そう思わずにはいられない、矛盾を可能にする演技にどこまでも引き込まれていきます。

 

 

もう一度森田剛君との作品をという蜷川さんの思い

今回の公演はもともと蜷川幸雄さんが演出をされる予定でした。蜷川さんは以前にKAATで宮本亜門さんとの公開トークの中で
亜門:アイドル使うと色々言われませんか
蜷川:ジャニーズ使ってなにが悪いんだよ、並みの役者に森田剛のあの佇まいを出せるのか?俺はアイドルも使うけど、無名の役者もいい役者だったら使っているよ

 

蜷川さんは剛君をチケットがさばける人気アイドルとしてとしてだけの理由で起用したのではなく、稀有な佇まいの役者としての資質から起用しているのだと語っていました。作品と剛君の役の組み合わせには蜷川さんの思いを感じることができます。

 

この物語は一つには孤独な青年の物語です。未熟な青年が社会を受け入れることなく、もう一人の自分と向き合って、友達ごっこをしているのだけれど、ビニール本をきっかけに、こわごわ社会に興味を持ち始め、生身である人間関係の第一歩を踏み出そうとする。いわば一人の青年の成長を描いている作品です。生身である人間に向き合う森田剛君を蜷川さんは演出してみたかったのではないだろうか?と想像します。

 

そしてもう一つはビニール本のモデルという遠い存在を眺めている一人の青年をアイドルである森田剛君に演じさせたいということ。本来は向こうの世界(メディアの世界)の存在するはずの森田剛君が一般人の視点からメディアを眺める構造をとってみたかったというのがあるのではないでしょうか。

 

蜷川さんにとって、森田剛君は特別な存在であり、晩年にどうしてももう一度、一緒に作品を作りたかったのだろうなと舞台を観ながらあらためて胸が熱くなりました。剛君の演技が蜷川さんの期待に応えているのを観るとますます胸が痛くなります。今回、蜷川さんの弟子である金守珍さんが演出をされていますが、作品サイトで『演出を依頼されたからには、蜷川さんはこうしたかったであろうとイメージし、そこに向かって全力で進むしかない。』と語っている通り、蜷川演出を強く意識した作品になっていました。蜷川さんの好きな鏡演出を見ながら、ああ、もっと蜷川さんの作品を観たかったなという気持ちでいっぱいになりました。

 

最後に森田剛君のズキュンとくるNo.3

それでは恒例のNo.3ですが、実はズキュンとくるシーンが多すぎてなかなか選ぶのに苦労しました。

No.3 人形を抱きながらずぶぬれで横たわる剛君

腹話術人形に託された言葉を聴くために、水槽に沈められた人形を取りにゴーグルと水泳帽をかぶって水に入っていく剛君も捨てがたいのですが、やっと人形を救い出し、自分で抱きかかえているシーンのかわいさに軍配があがりました。

 

No.2夕一との小気味いい会話の中で「スケベ、スケベ」という剛君

やっと片割れ夕顔に会えてうれしい、朝顔のセリフがとにかく、中学生レベルのはやし言葉でかわいらしい。

朝顔:中略 夕ちゃんと、腹話術の練習をしている時に、部屋のすみに転がったビニ本を、僕も夕ちゃんもちらとみて、スケベ、スケベとお互いに言い合いました。

特にスケベスケベは中二全開です。『ヒメアノール』の「おかあさ~ん、麦茶二つ持ってきて~」とセットで聞きたいかわいらしさです。

 

No.1「夕ちゃーん」と心もとなく相棒を探す声

オープニングで夕顔を探す、朝顔は母親にはぐれてしまった子供のような声を出します。この声のかわいらしさに30代の男性だということを忘れてしまいます。もはやこのワンシーンだけでも観る価値ありです。

 

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