江田君がジャニーズ事務所を退所した。デビューすることはなく、Jr.として20年間ジャニーズ事務所で活動するというのは異例の長寿Jr.だった。
今までこのサイトでは気持ちの吐露は控えていたのですが、江田君が辞めることは自分のジャニオタ人生のターニングポイントになることは間違いないと思うので、ここまでの気持ちをまとめておきたいと思います。通常のレポとは違いますので、その点はご了承ください。
- 普通にジャニーズの落とし穴にはまる。
- 滝沢歌舞伎とPLAYZONE SONG & DANC'N
- They武道から宇宙Sixへ
- 宇宙Six解散
- 江田君のソロ舞台
- Jr.の未来
- テレ東音楽祭が教えてくれたもの
普通にジャニーズの落とし穴にはまる。
私がジャニーズを好きになったきっかけは嵐でした。
信じられないかもしれませんが、初期の頃の嵐のコンサートは東京ドームではなく、横浜アリーナで開催されておりました。私の友人が「面白いから一緒に行こう」と誘ってくれたのが始まりでした。当時の嵐のチケットはそんなライトなやりとりでも手に入ったのです。今考えると恐れおおいことですが、自分にアイドルがはまるはずもないと、たかをくくっておりました。どちらかというと「しょうがないな~いってやるか」といった上から目線でいったものです。その時の自分を殴ってやりたい気持ちになります。
歌を聴くコンサートとは一線を画す、高い熱量のショーを体験は、当時の私には劇薬を注入されるようなものでした。体が沸騰するような興奮状態にひきずりこまれ、たった一回で中毒患者と化したのでした。友達に導かれるようにカウントダウンコンサートからタッキー&翼、NEWSと芋づる式にコンサートに足を運ぶようになりました。
ジャニーズのコンサートは
1)推し(ご神体)に会える
2)人間関係にもだえる(Jr.含む)
3)サプライズに満ちたステージング
4)ファンとの相乗効果
ご神体をあがめ、みんなで盛り上り、清められ、明日への活力を得る、まさに祭りなのです。
見事に私はジャニーズという名の宗教に入信したのでした。
滝沢歌舞伎とPLAYZONE SONG & DANC'N
2000年代後半になり、コンサートと同時進行で、ジャニーズ信仰を深めることになったのは滝沢歌舞伎とPLAYZONE SONG & DANC'N(以下プレゾン)です。
タッキー&翼の活動とは別に、タッキーは伝統芸能、翼君は歌と踊りをベースに、ジャニーズが長年使い続けることができるエンターテインメントのプラットフォームの作成に乗り出しました。
既にSHOCK、DREAM BOYというミュージカルは走り始めていましたが、この二作品と滝沢歌舞伎とプレゾンとの大きな違いは、主役であるタキツバはもちろん見どころではあるものの、デビューしていないJr.の舞台としての側面がかなり強い作りになっているところでした。ルックスだけではなく、磨かれていくスキル、ハプニングの対応力、タキツバとの関係性などをみながらJr.への興味がどんどんと醸造されていくのでした。
一回ではなくN数回(自然数回)みないと分からないということに気づいたのはこのころです。
初日から千穐楽までの間、舞台は思わぬ方向に成長をとげることがあります。
それは目に留まらなかったJr.が突然目にとまるようなダンスをするようになったり、
タッキーに斬られる時の形相が壮絶なものに変容したりします。
今まで目に留まらなかったものが、目に留まるように変化するには本人の工夫の積み重ねがあります。コンサートとは違う、成長していくステージに没頭していきました。
SHOCKの美波里さんの言葉を借りれば
その時、私はThey武道という原石をみつけたのでした。
They武道から宇宙Sixへ
They武道は2008年に結成された4人組のユニットです。ですが、正直なところ、最初のころはそこまで注目をしていませんでした。もちろん認識はしていたのですが、注目はしていませんでした。
最初にThey武道で目に留まったのは山本亮太君。
タキツバコンだったと思いますが、ルックスの可愛さとクルクルと踊るダンスが気になりました。なにより、They武道ってユニット名が引っかかりました。
4人の頭文字をとるところはなんとなくわかるけれど武道ってなんだよと軽く心の中で突っ込みながら好きになっていきました。ジャニーさんは自分の気になっていることがしばしばユニット名に組み込まれていくことがあります。武道のかっこよさをエンターテインメントにするべく、この四人をかんがえていたのかもしれません。
プレゾンでは林君の可愛さを知り、滝沢歌舞伎10周年で満を持して江田君に落ちました。滝沢歌舞伎の初日の江田君は神がかっていました。何度もみてるはずなのに、今年は違うというのがこの年の江田君です。シンガポールに行くことになったのも江田君のおかげです。
2010年代前半のThey武道はプレゾンと滝沢歌舞伎、コンサートのバックと多忙を極めていました。Jr.をメインにした2大看板の舞台ではすでにベテランの域に入っており、They武道の踊りに対するファンの信頼感は強まっていました。
嵐をはじめとする先輩のバックにつき、多くのジャニーズ楽曲に触れること、なによりもジャニーズのコンサートの構成、ジャニーズらしさとはなにかを骨の髄までしみこませているThey武道がコンサートをすると、それはもう、ほぼカルピスの原液を飲んでいるような濃縮感がありました。
They武道のジャニーズ銀座はぜひ今後ともジャニーズJr.の教科書として使って欲しいパフォーマンスです。ダンスはもちろんですが、セトリの秀逸さは今でも群を抜いたものだと思っています。3人の関係性もゆるぎないものがありました。
グループのさらなる飛躍を目的として宇宙Sixが結成されました。
松本幸大君、目黒蓮君、原嘉孝君が追加された6人ユニット。当時のジャニーさんが興味を持っていた宇宙を使った名前。期待が高まりました。
宇宙SixのライブもThey武道のジャニーズらしさを継承しつつ、メンバーそれぞれの個性を打ち出し、高度なライブに仕上がっていました。
結成一年で林君が演技の道に進むために脱退。
Snow Manのデビューにより目黒君脱退。
ついに宇宙Sixは4人のユニットになりました。
それでも、30-Delux さんと共演したのべつまくなしはメンバーの個性を生かし、愛情のある舞台に仕上がっており、今後の展開も楽しみでした。
デビューするか、しないかはおいといて、これからも宇宙Sixがジャニーズで活躍の場があると感じさせていました。
宇宙Six解散
その時は突然やってきました。
山本亮太君が重大な契約違反により解雇。
They武道から彼をみている身としてはこんなに悲しい別れはありませんでした。
正直な話、私がジャニオタになって一番悲しい出来事が山本亮太君の解雇です。
私は彼が解雇になる2日前に彼の舞台を観ていました。素晴らしい舞台でした。お芝居で、もしかしたら、ふぉ~ゆ~兄さん達と劇団とか組んでもらえたらいいよねと友達と話をしていました。それほどに、このころの山本亮太君のお芝居の成長ぶりには目覚ましいものがあったし、希望でした。
あえていいますけど、“こんなこと”でつぶれてしまったという悔しさが残ります。30代をむかえてもちゃんとアイドルの商品として価値があることを証明してくれていたのに。
同時に3人体制でのユニット継続が無理だろうなということも瞬時にさとりました。
残った3人の結論は想像通りのものでした。
4年弱の活動期間で宇宙Sixは幕を閉じました。
江田君のソロ舞台
They武道から、宇宙Sixに変わるタイミングで江田君が変わっていったのが演技への意欲だったと思います。
ダンスに偏りがちだったお仕事が舞台中心に変わっていきました。
それまでもジャニーズ舞台には出ていましたが、セリフの数が少ないのが江田君でした。しかし、30-Deluxの舞台で主役に抜擢されてから、どんどんとお芝居への集中力が高まっていきました。
中でも、THE BLANK!は思い出深い作品でした。
浜中文一君が近松門左衛門、江田君が大石良雄(のちの内蔵助)の役を演じました。赤穂藩から命じられて、塩の道を作るための学校で奮闘する近松と、藩の政治の中で生きる大石は、違う道を歩んでいるけれど、強い尊敬と友情で結ばれているという物語でした。シンプルな舞台装置だからこそ、セリフとむかいあうテンションから二人の思いが透けてみえる良い作品に仕上がっていました。
トークショーの時だったと思いますが、文ちゃんは俳優の道に進んでいるけど、志を一緒にした仲間として尊敬している。それは林君も同じみたいなことを言っていて、林君のことを想っているんだなと、胸が熱くなった記憶があります。
Jr.の未来
滝沢歌舞伎とプレゾンからJr.の活躍の場所は、今大きく花開いています。
ここから巣立ったJr.がJr.という名を取り去って自分たちの名前で舞台で座長を務めて、事務所に多大な利益を運んでいます。バックダンスというのは入り口で、デビュー以外の芸能活動につなげています。
今回、江田君の退所発表に関して心構えが出来ていたのは、原君の情報局はできたのに江田君の情報局の発表がなかったということがありました。
タッキーがJr.の定年制をしいて、世間がざわつきましたが、今のジャニーズJr.の選択肢はデビューかデビューできないかの二択ではないと思う。
メディアの広がりをうけて、LINEライブを展開しているふぉ~ゆ~は今後も新しい活躍を見せてくれると思うし、原君や林君は俳優としてもっともっと私たちを興奮させてくれると思う。YouTubeだってチャンスだ。むしろ、チャレンジさせてもらってチャンスをものにできる人が大きく飛躍できる可能性を秘めている。グループじゃなくてもいいかもしれない。ユニットを超えたプロジェクトだって増えるかもしれない。
だから、ジャニーズの枠組みに残って欲しい。
というのが狂信的なジャニオタの願いになってしまうのです。
江田君がジャニーズから離れてしまうと、もしかしたら、ふぉ~ゆ~と劇団ができたかもしれない。嵐のコンサートにでれたかもしれない。KAT-TUNの演出できたかもしれない。そんなチャンスはなくなる。
本当はないかもしれない。
でも可能性はあったと思う。
山本君の別れは怒りと悲しみが半分だった。でも江田君との別れはだんだんと悲しみが深くなるような気がしています。
テレ東音楽祭が教えてくれたもの
江田君が退所を発表されて、その頃、テレ東音楽祭が放映されました。
Hi Hi Jets、Snow Man、A.B.C-Z、Kis-My-Ft2、NEWS、KAT-TUN、V6が出ていました。
全員がアイドルしてた。
10代から40代のジャニーズタレントは全員アイドルだった。
アイドルは偶像と訳される。神様をビジュアライズしたものだ。アイドルを見ると希望が湧く。
当たり前だが、ジャニーズタレントが神ではなく、人間であることはわかっている。
私生活があることもわかっている。
でも、やっばり、今、ちゃんとジャニーズのアイドルはいるという事実にも、もう一度気づく。
30年選手も新人も輝いている。
その輝きに元気をもらえる。
ジャニーズはまだ私たちを楽しませてくれる。
まだまだジャニーズという信仰はすてないでいたい。